シンセサイザーでPortamentoやGlideを有効にし、二つの鍵盤を順番に弾く。
ただそれだけで、音は少し歌い始める。
たとえばCからC#へ移動するとき、通常の鍵盤演奏ではCの次にC#が鳴る。もちろん、それだけでも立派な音楽だ。しかしGlideを加えると、Cは一瞬でC#に置き換わらない。二つの音の間にある、普段の鍵盤では弾けない領域を通りながら、時間をかけてC#へ到達する。
C → C#だったものが、C → ~~~~ → C#になる。
この「~~~~」は何なのだろう。
わずかな時間しかないのに、期待感、緊張、解決、色気、ときには不穏さまで生まれる。同じ始点と終点でも、Glide TimeやCurveを変えれば印象が変わる。目的地は同じなのに、そこへ向かう過程が違うだけで、別の表情になる。
考えてみれば、これはGlideだけの話ではない。
音から音へ。和音から和音へ。音素材から別の音素材へ。セクションから次のセクションへ。そして、曲から曲へ。
音楽は昔から、ある状態Aと状態Bだけでなく、AからBへ移っている時間そのものを表現にしてきた。本稿では、この広い意味での「Transition」を、声、楽器、シンセサイザー、DJ、EDM、和声、そしてPolyphonicなChord Bendまで横断して考えてみたい。
先に結論を言ってしまえば、音楽とは、どこへ到達するかだけでなく、そこへどう辿り着くかを楽しむ芸術でもある。
Glideでは「途中」が音になる
まず、用語を整理しておこう。
Portamentoは、音楽用語として「中間の音を一つずつ区切らず、あるPitchから別のPitchへ滑らかに移る演奏技法」を指す。OnMusic Dictionaryでも、二つのPitch間を滑らかにSlideし、途中の音を個別にはっきり示さない技法と定義されている。声や弦楽器などで古くから使われてきた表現であり、シンセサイザー固有の用語ではない。
一方のGlideは、Synthesizerの世界で、この連続的なPitch Transitionを実現する機能やParameterを指す言葉としてよく使われる。たとえばYamahaのCS-15のマニュアルでは、Portamentoを、押さえた鍵盤の音から次に押さえた鍵盤のPitchへ音が滑らかに変わるEffectとして説明している(Yamaha CS-15 Owner’s Manual)。製品によってPortamentoとGlideがほぼ同義語として使われることもあり、両者の呼び分けは必ずしも統一されていない。
本稿では便宜上、Pitchが一つの音から別の音へ連続的に移る音楽表現全般をPortamento、その動きをSynthesizer上で実現・制御する機能をGlideと呼ぶ。
言葉だけでは分かりにくいので、実際の音を聴いてみよう。次の動画では、Roland GAIA SH-01でPortamento(Glide)を有効にし、移動にかかる時間を調整する様子を短く確認できる。
少し抽象化してみよう。
通常の鍵盤入力では、Pitchは基本的に離散的な値として扱われる。始点を p0、終点を p1 とすれば、演奏情報としては p0 → p1 である。
一方、Glideでは両者の間に時間軸上の軌跡が現れる。
p0 → f(t) → p1
p0とp1の間に一つの正解があるわけではない。一定速度でもよい。最初はゆっくり、最後に急いでもよい。短ければ音を滑らかにつなぎ、長ければ「まだ着かない」という期待を引き伸ばす。
つまりGlide TimeとCurveは、単なるEffect量ではない。音程が目的地へ向かう物語の、速度と筆跡を決めている。
テクノロジーが「途中」を発明したわけではない
ここで歴史を一直線に描かないようにしたい。
テクノロジーがTransitionを発明したわけではない。人間の声は、電子楽器が登場するはるか以前からPitchを連続的に動かしてきた。弦楽器のSlideやBend、トロンボーン、Glissando、歌唱におけるPortamentoも同様だ。
Portamento研究者のEmery SchubertとJoe Wolfeは、Portamentoを「通常は一つのPitchから別のPitchへの滑らかな移行」と整理し、人間の声は固定Pitchを正確に並べること以上に、連続的なPitchやTimbreの変化を生み出すことに適した器官だと論じている。また、Portamentoは歌唱やSpeech Prosodyにおいて表現上の可能性を持つ一方、時間変化するPortamentoの感情効果を直接扱った実証研究はまだ少ないとも指摘する(Schubert & Wolfe, “A note for emotion in music research about portamento”)。
したがって、「Glideが気持ちいいのは人類共通の本能である」とまで言い切るのは早い。ただし、少なくとも三つのことは考えられる。
一つ目は、変化の方向を耳で追えること。上昇している、下降している、近づいている、まだ到達していない――その運動を、聴き手が時間の中で辿れる。
二つ目は、期待が引き伸ばされること。すぐに解決すれば一瞬で終わるところを、Glideは「次の状態へ向かっている時間」に変える。音楽の期待と緊張は、到達点だけでなく、予測が形成され、満たされるか裏切られるかという過程にも関係している。
三つ目は、連続的なPitch変化が、声や身体の動きを思わせることだ。喜び、ためらい、泣き、懇願、誘い。もちろん文化や文脈によって受け取り方は変わるが、等間隔の鍵盤だけでは消えてしまう抑揚を、Glideは電子音へ持ち込める。
人間は以前から「途中」を表現していた。テクノロジーが拡大したのは、その途中を独立したParameterとして制御し、記録し、編集し、再現できる範囲である。
テクノロジーは、音楽に新しい到達点を与えただけではない。到達点までの「途中」を、より自由な表現へ変えてきた。
R&B/Gospelにおける、声のようなシンセ
現代のR&B、Contemporary Gospel、Urban Gospel、Neo Soulを聴いていると、Synth Bass、Lead、PadなどのGlideに出会う。すべての楽曲に必要なわけではないし、「R&Bは歴史的にGlide必須だった」という話でもない。それでも、Glideがこの周辺の音楽でアイコニックなシンセ表現の一つになっていることは、耳で追いやすい。
ここではGlideが、単に未来的なSound Effectとして使われるだけではない。Bassが次のRootへ少し遅れて落ちる。Leadが、ボーカルのMelisma(一つの音節を複数の音にわたって歌う表現)に答える。PadがChord Changeの境界を曖昧にする。電子音でありながら、歌や演奏の身振りに近づいていく。
特にR&BやGospelでは、7th、9th、11th、13th、Altered Tensionを含む豊かなHarmonyが使われる。単音を滑らせるだけでも魅力的だが、もし、その複雑なChord全体を別のChordへ滑らせたらどうなるだろう。
この疑問は、GlideをPitch EffectからHarmonic Transitionへ拡張する入口になる。
ScratchとSampling―固定された素材の時間を動かす
ヴァイナル・レコードは、記録された音楽を一定速度で再生する装置である。しかし盤に手を触れれば、再生速度も再生位置も固定ではなくなる。
盤を押さえる。前後に動かす。速度を変える。するとPitchと時間軸が一緒に伸び縮みする。Scratchでは、本来は完成していたはずの録音物が、演奏者の手によって再び可変の素材になる。Smithsonianが所蔵するGrand Wizzard TheodoreのTurntableの解説でも、Rhythmに合わせて盤を前後させるScratchが、DJ自身の音楽性をより強く演奏へ持ち込む方法になったと紹介されている(Smithsonian Music: Grand Wizzard Theodore’s Turntables)。
Samplingも、別の方法で固定された時間を作り替える。音素材を切り、並べ替え、伸縮し、Pitchを変え、元とは異なる時間構造へ置き直す。
ここで「ScratchがSynth Glideを生んだ」といった直接の系譜を作るつもりはない。異なる技術と文化の中で、似た美意識が現れているという話だ。
それは、音程や時間を固定値として受け取らず、変形させながら別の状態へ着地させる感覚である。
DJは曲と曲の「間」を演奏する
DJ Setを、曲Aの次に曲Bを再生する行為とだけ捉えると、最も面白い部分が抜け落ちる。
どの瞬間からBを入れるのか。Aをどこまで残すのか。Tempoを合わせるのか、あえて断絶させるのか。Crossfader、EQ、Filter、Loop、Pitch、Scratchなどをどう使うのか。
同じAとBでも、移り方次第でFloorの体感は変わる。つまりDJは曲を選んでいるだけでなく、曲と曲の「間」を設計し、その場で演奏している。
DJ文化は、Transitionそのものを演奏する文化の一つだと言える。
しかもTransitionは、必ずしも滑らかである必要はない。長いBlendも、Hard Cutも、BackspinもTransitionである。重要なのは連続性そのものではなく、「前の状態をどう終わらせ、次の状態をどう出現させるか」が表現の対象になっていることだ。
EDMではTransitionが舞台装置になる
EDMでは、Transitionはさらに巨大化する。
Build-up、Breakdown、Rise、Fall、そしてDrop。現在地から次の状態へ向かって、Pitch、Filter、Noise、Volume、Reverb、Rhythmic Densityなどが複合的に動く。
RiserをGlideそのものと呼ぶのは正確ではない。Pitchだけでなく複数のParameterが同時に変化するからだ。しかし、現在の状態から移動を始め、新しい状態へ聴き手を着地させるという機能は共通している。
ここまで来ると、Glideは音楽における舞台装置なのではないかと思えてくる。
舞台が暗転し、背景が動き、照明が変わり、次のSceneが姿を現す。GlideやRiserは、その場に立ったまま音だけを変えるのではなく、聴き手を次の状態へ連れていく。
Pitch Effectというより、移動装置である。
HarmonyにもTransitionはある
「途中」を音楽にする発想は、連続的なPitch変化だけに限られない。
Jazz、R&B、Gospelで使われるPassing Chord、Approach Chord、Secondary Dominant、Tritone Substitution、Chromatic Voice Leadingも、目的のChordへどう到達するかを豊かにする技法と考えられる。
たとえばC Majorで、通常のDominantであるG7からCmaj7へ解決する代わりに、Tritone Substitutionを使ってD♭7からCmaj7へ進む。Tritone Substitutionでは、D♭7がG7と重要なGuide Toneを共有するため、♭II7としてV7の代わりを担える(Open Music Theory / University of Puget Sound: Standard Chord Progressions)。
目的地はCmaj7のままでも、RootはD♭からCへ半音下降する。Voicingを選べば、他の声部も半音単位で滑らかに解決できる。
これは物理的なGlideではない。D♭7とCmaj7の間にあるすべてのPitchを連続して鳴らしているわけではない。それでも、G7から行くか、D♭7から行くかによって、目的地の見え方は変わる。
到達するChordだけでなく、到達経路そのものを作曲している。
これをHarmonic Transition Designと考えると、和声法とGlideは、別の技法でありながら同じ問いを共有していることが分かる。
「次の状態へ、どう行くのか」である。
動かないMelody、下降するHarmony―「One Note Samba」
Antônio Carlos Jobimの「One Note Samba」は、Harmonic Transitionを考えるうえで面白い。
先に断っておくと、「One Note Samba」で実際にGlideが使われているという意味ではない。同曲のMelodyは同じPitchを反復し、Harmonyは離散的なChord Changeによって半音下降する。ここから先は、そのChord間を連続的に変化させたらどうなるかという、本稿独自の思考実験である。
曲名どおり、冒頭のMelodyは一つの音を強く維持する。その下でHarmonyは半音ずつ下降していく。Keyや譜面の版によって表記は変わるが、移調して単純化すれば、たとえば次のような動きとして捉えられる。
Bm7 → B♭7 → Am7 → A♭7
ここで主役なのは、まず半音下降するHarmonyそのものだ。Chordが一つずつ下へ移動する一方、Melodyは同じ場所に留まる。動くHarmonyと動かないMelodyの対比によって、下降の軌跡がいっそう鮮明になる。
さらに面白いのは、固定されたMelody Noteの役割や色が、下のChordによって次々に変わることだ。同じ音を鳴らしていても、Contextが動けば、聴こえる意味は変わる。
では、この半音下降を鍵盤上の段差としてではなく、連続した軌跡として鳴らしたらどうなるだろう。
Bm7の構成音を単純化して B–D–F#–A、B♭7を B♭–D–F–A♭ とする。全Voiceを同じ距離だけ下げてしまうと、到着するのはB♭m7であってB♭7ではない。BはB♭へ、Dはその場に留まり、F#はFへ、AはA♭へ。それぞれのVoiceに別の行き先と軌道を与える必要がある。
途中では、従来のChord Symbolで簡単に名付けられない微分音的な響きも現れるだろう。それでも時間軸の中では、「Bm7からB♭7へ向かう途中」として意味を持つかもしれない。
和音を静止した点としてではなく、ある和音から別の和音へ向かう軌跡として考える。
「One Note Samba」は、既存のHarmonic TransitionからPolyphonicなChord Transitionへ思考を進める、格好の橋になる。
単音のGlideから、多変量のPitch Mappingへ
単音のGlideなら、始点と終点は一つずつである。しかしChordは複数のVoiceからできている。
Chord A = {p1, p2, p3 …}
Chord B = {q1, q2, q3 …}
Chord AからChord Bへ連続的に移るには、どの p をどの q に対応させるかを決め、各Voiceへ時間軸上のTrajectoryを与えなければならない。近い音へ進ませるのか。声部を交差させるのか。外側へ広げるのか。全Voiceを同時に動かすのか、Strumのように時間差をつけるのか。
これは単なるChord Changeではなく、多変量のPitch Mappingである。
この発想はPluginだけの空想でもない。Trevor HendersonとJustin Solomonによる2019年の研究「Audio Transport: A Generalized Portamento via Optimal Transport」では、二つのAudio Spectrum間でPitch成分を対応づけ、Optimal Transportを使って一方から他方へ連続的に補間する方法が提案された。論文はPortamentoを単音に限定せず、Polyphonicな音、異なる楽器、さらには複数の楽器群の間にも拡張しようとしている(Henderson & Solomon, DAFx-19)。
もちろん、これは後述するFluid Chords 2と同じ仕組みだという意味ではない。直接の技術的系譜を示すものでもない。
興味深いのは、「単音Aから単音Bへ」ではなく、「複雑な音響状態Aから複雑な音響状態Bへ向かう途中」を計算し、音にしようとする発想が、研究分野にも現れていることだ。
そしてChordそのものを曲げる―Fluid Chords 2
ここでようやく、この記事の発端になったPitch Innovations「Fluid Chords 2」へ戻ってくる。
従来のSynthesizerにもPolyphonic Glideを備えるものはあったが、Portamento/Glideは単音を中心に語られることが多かった。一方、MPEはPolyphonicな演奏中でもNoteごとに独立したPitch Bendや表現情報を扱える。MIDI Associationも、従来は演奏中のPitch BendなどがすべてのNoteへ影響していたのに対し、MPEでは各Noteを個別にArticulateできると説明している(The MIDI Association: MPE Specification v1.1)。
Fluid Chords 2は、このNoteごとのPitch Controlを使い、ChordからChordへのBendを演奏・制作の対象にするPluginだ。公式には、任意のChordから別のChordへReal-timeでBendできること、Glide TimeとCurveを調整できること、Voiceの移動を近く、遠く、交差を含む形で制御できるFlow、各Noteの動きに時間差をつけるStrumなどが紹介されている(Pitch Innovations: Fluid Chords 2)。
つまり、これまでChord SymbolとChord Symbolの間で省略されていた「~~~~」を、演奏可能な領域として表へ出す。
Chord A → ~~~~ → Chord B
このとき、途中に現れる響きは必ずしも既存の和声理論で名付けやすいものではない。しかし、名前がないことと音楽的な意味がないことは同じではない。目的地へ向かっていることが耳で追えるなら、その不安定な瞬間もTransitionの一部として機能する。
そして人類は、かつて声を滑らせ、弦を曲げ、ヴァイナルを手で押さえ、再生速度を操り、シンセサイザーのPortamento/Glideノブを回すところから一歩進み、Chordそのものを曲げるところまで来たのである。令和最新版。
Fluid Chords 2の機能や実際の使い方、どのようなChordとSoundで効果的かについては、このレビューで詳しく扱っている。

私たちは、音が変わっていく瞬間を聴いている
Glide、Portamento、Scratch、Sampling、DJ Mix、EDMのBuild-up、Passing Chord、Tritone Substitution、Chromatic Voice Leading、そしてPolyphonic Chord Bend。
これらは同じ歴史から一直線に発展したものではない。技術も文化も目的も異なる。GlideとRiserを同一のものとして扱うこともできないし、ScratchからSynth Glideが生まれたと断定することもできない。
それでも、異なる時代と場所で、人間は繰り返し「状態と状態の間」を表現へ変えてきた。
音符だけを見れば、途中は記譜されないことも多い。Chord Nameだけを見れば、和音は静止した点に見える。Track Listだけを見れば、DJ Setは曲の並びに見える。
しかし実際に耳を惹くのは、点と点を結ぶ線かもしれない。
どのくらい時間をかけるのか。どのCurveを通るのか。滑らかにつなぐのか、思い切って切るのか。途中の不安定さを隠すのか、それとも主役にするのか。
到達点が同じでも、辿り着き方は一つではない。そして、その選択に演奏者や制作者の美意識が現れる。
私たちは音を聴いているだけではない。
音が変わっていく瞬間を聴いている。
![RAINS[レインズ] Blog](https://blog.rains-music.com/wp-content/uploads/2024/05/RAINS_BLOG_2.jpg)

